「ドイツ話者」としてのドイツ人
ドイツ国民以外の人々を「ドイツ人」と呼べるかどうかは微妙なところである。特にオーストリアは約600年間ドイツ国家である神聖ローマ帝国の中枢であったため、自らをドイツ人の主流とみなす考え方が根強かった。また、神聖ローマ帝国内の地方自治制度(郡制度)が確立した1512年より神聖ローマ帝国は「ドイツ人の神聖ローマ帝国(Heiliges Römisches Reich Deutscher Nation)」と呼ばれてきた。このため、ハプスブルク家による帝政の崩壊後の一時期は「ドイツ・オーストリア共和国(Republik Deutschösterreich)」という国号を使用していたほどで、オーストリア第一共和国時代は左派・右派を問わずドイツとの合併を望む声が強かった。オーストリア人アドルフ・ヒトラーによるオーストリア併合はこれを背景にしているが、併合後二流市民扱いされ、連合軍の爆撃などで惨憺たる目にあったオーストリア国民は、ナチスの崩壊後、ドイツ人とは異なるオーストリア人という意識が強くなっている。オーストリア民族という概念は根拠薄弱であり、本来イギリスや北欧も包括するゲルマン民族という言葉も漠然としすぎているため、東欧系住民を排撃する民族主義からの立場から、なおドイツ人という言葉にこだわる人も一部にいる。近年の右派連立政権に加わっていた右翼政党はそうしたドイツ民族主義者の流れをくんでいる。
ドイツは意識の上でも歴史の上でも、まずドイツ語、次いでこれを話すドイツ民族、最後にそれらを統べるドイツ国家という順序になりがちである。特にアフリカや新大陸に拡散した英仏語とは異なり、ドイツ語がほぼドイツ周辺の同民族にまとまっているだけに、この三者の結びつきは強い。オーストリアが近年ふたたびドイツ民族主義に傾斜しているのは、EUという連合国家の傘のもとでの「ドイツ人(ドイツ語使用者)」というまとまりが強く意識され始めたためともいえる。それだけにEU未加盟で、なおかつ大部分がドイツ語圏にふくまれるスイスの立場は微妙である。
なお、中欧や東欧の地名の中には「ニェメツキー~ Německý-」「ネーメト~ Német-」という前置きを持つ地名がある。意味は、「(中欧や東欧の原住民である)われわれ(スラヴ人)の言語(スラヴ語)が話せない唖(おし)の人々(つまりドイツ人)の~」という意味である。これらの町はドイツ人によって作られたか、ドイツ人が多かったため、同じ名前の隣町と区別するためである。 ちなみに、ロシア語では「民族的な意味でのドイツ人」をнемецкий(ニミェーツキー)と呼び、「ドイツ国民(ドイツ国籍を持つ者)」をгерманец(ギルマーニツ)と呼ぶ。また、「ドイツ語」はНемецкий язык(ニミェーツキー・イズィーク)と呼ぶ。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
ドイツ人は自らのことを"Teutsche"(トイチュ)と呼んでいたようです。
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